テレビが私に教えてくれたこと「ガキの使い!七変化シリーズ」

ダウンタウンが変えた笑いの世界

いまや人気番組となった「ガキの使いやあらへんで」。2003年にはじまった「笑ってはいけないシリーズ」は、年末には特番の恒例番組になるまでに成長した。そんな「ガキの使い」が始まったのは80年代後半の1989年。

ダウンタウンの笑いの構成要素である「緊張と緩和」が大きな笑いの渦を作っているのは言うまでもないが、その代表作としてさけて通れないのが1995年からはじまって現在も続く「七変化シリーズ」である。
そんな「七変化シリーズ」での名作をご紹介します。

・次長課長 河本

「人志く、、、松本くん」という名台詞で歴代1位の63,000円を獲得



・渡辺直美

持ち前の器用さで、様々なキャラとシーンを演じわける渡辺直美。歴代2位の60,000円を獲得。



・笑い飯 哲夫


笑い飯・哲夫の独特の世界観にハマる人が続出。獲得金額は歴代4位の53,000円。



・ボブサップ

暫くの間上位に君臨していたボブサップ。松ちゃんが裏で全てを仕切ってこのクオリティ。獲得金額は歴代4位53,000円。



・友近


あたかも実在するかのような女優や、おっさん西尾一男を演じる友近。今では彼女の持ちネタになってます。獲得金額は歴代9位47,000円



・ブラックマヨネーズ 小杉


「ハゲ踊り〜ハゲ踊り〜伝統芸能ハゲ踊り〜」の有名なネタが生まれた瞬間。歴代8位の48,000円。



・歴代最低・放送作家・高須光聖

松ちゃんターゲットのネタで、豪快にスベって過去最低の7,000円。高須っぽさが出てる。

強烈な愛の伝え方

この声と、この音と・・・・
とても懐かしさを感じる音楽と出逢った。

愛をストレートに歌うアーティストたちはたくさん存在する。私が辿った道ではレベッカ、LINDBERG、相川七瀬、JUDY AND MARY・・・などなど。

誰に似ているのだろう、誰でもない何かなのか、耳から離れないこの曲。でも少し前の時代に聞いていたような感覚になった。

そして、どストレート過ぎる曲

愛に狂った曲

衝撃が走ったwwwwwwwww

彼女の音楽ルーツは「浜田省吾」や「小沢健二」なのだとか。だからか!男性目線の歌詞が多い。自分とは正反対の感性で言葉を選ぶ、それが彼女の特徴。1曲ずつテイストも変わり、懐かしさにこの時代にあった表現方法がスパイスで加わっている。

あいみょん!!!とにもかくにも最近このアーティストが好きだ!!ぜひ多くの方にこの音楽を知って聞いてもらいたい。

なぜ今80年代なのか?を考察する

どうも大変ご無沙汰しております、Tetsuです。

このメディアをそもそも立ち上げるにいたった気運というものを最近ちょくちょく振り返ったりするのですが。お仕事させていただいているValextraさんでも今年のヴァレンタイン・チャームは8bit風ということで、とりあげてみました。

https://www.valextra.jp/user_data/information.php

当初、ポスト団塊ジュニアと呼ばれる80年代・90年代に青春を謳歌した世代である自分たち40前後のおじさん達がビジネスでもメインストリームに出てくる時期的な面もあって、懐かしさを楽しむような感じで気運が芽生えていった感じなのですが、それがこの世代のおじさんたちだけにではなく、全世界的な流行になっているわけは、マテリアルデザインとフラットデザインの影響によるものだという分析があります。皆様も記憶に新しいと思いますが、windowsのデスクトップなんて今まさにこのフラットデザインで構成されていますよね。

「え?windows使ってない?」なんて野暮なことは今更聞きませんが(苦笑)

ぜひこちらのリンク先も見てみて下さい。

8bitと言いながら、カラースペースは24bitじゃないのかこれというオチもありますが、まだまだ80年代・90年代のリバイバルの波は続いていきそうですね。auto-reverse、ならびにBar U’jaddeで定期的に開催している音楽とご飯のイベントでもしばらく掘り下げてみようと思います。

次回は先日のBar U’jaddeでの80’s, 90’s popsのプレイリストなどを書こうと思います。お楽しみに!
 

パーソナルソングの力

むかし聴いていた音楽を耳にした瞬間・・・・・当時の想い出が蘇る!!そんな経験をしたことはありませんか?

友人や恋人との楽しい思い出、失恋や卒業、出会いなど何かの節目になったものなど。

その曲は、あなたの「パーソナルソング」かもしれません。

ミュージック&メモリー療法の普及

日本国内の認知症患者数は400万人ほど。しかし、未だに完全な治療方法は解明されていない。何が起因でいつ起こるのかも正確には分からない、誰にでも起こり得る病気なのだ。

いま、その治療の一環として注目を集め始めているのが「ミュージック&メモリー療法」だ。パーソナウソングを使って記憶を呼び起こそうとする手法で多くの人に希望を与えている。

聞くだけではなく口ずさむ、それにより多少なりと当時の熱量が戻り活力が蘇るとも言われ、高齢者施設でも積極導入されている。

私のパーソナルソング

当の本人は、どれが自分のパーソナルソングなのか自信を持って言えないw

あの日、あの時、あの場所で・・・・思い出の分だけそれに関連する音楽が存在するのだ。もしかしたら、パーソナルソングって絞りきれるものじゃないのかもしれない。たくさんあってもいいかもしれない。

そう思うと、きっとこれから出会うだろうたくさんの音楽もパーソナルソングになる可能性があるのだ。これからどんな音楽、ミュージシャンに出会えるのか、人生の楽しみが増えた。

 

Festa Di Ragazzi #22 Auto Reverse 〜音楽好きなオトナたちの新年会〜

表参道、南青山にひっそりと佇むバール ウギャッデ。ここでは月に一度愉快なオトナたちが開催するイベントがある

〜世界観の共感を〜

10代の頃、どんな曲を糧にして生きていていただろうか・・・大げさかもしれなれないが、数え切れない思い出と、喜びと悲しみと、それは音楽とともに築かれてきと思う。

Festa Di Ragazzi #22 Auto Reverse このテーマを選んだのは、昭和という時代が今でも好きだったから、そして我々愉快なオトナたちがここまで育ったそれぞれの由来を知りたかったからだった。

〜ヒットナンバーが時代を語る〜

オーガナイザーは6名。それぞれ時代も違えばジャンルも国も違う曲を持ち寄る。意外と個々の好みはそこまで被らないという面白さ。

「この曲なんだっけ」そんな会話が何度か繰り返される。あの頃の思い出を語りながら、自分が生きた時代を思い出し語り合う。そんな時間がここには流れた。

〜FoodもDrinkも裏切らない〜

この日に出されらFoodには拘りがあった。昭和といえば・・・ナポリタン!Rockといえばレッチリ!!なんて、思いつきだが名付けられ作られたパスタたちも、音楽とともにイベントを盛り上げるコンテンツとなった。

☆懐かしの明太子パスタ☆

☆懐かしのナポリタン☆

☆ロックな”レッドホットチリヘッパーズ”☆

もちろん、カクテルも負けてはいない。昭和に流行った飲み物の代表「カルピス」を使ったカクテルは「ティファニー」見慣れない色だが、とても甘くて女子好みの味だった。

どれも美味しかった。ただ、今日しか味わえないということだけが非常に残念ではある。

さて、次回はどのようなイベントが開催されるか・・引き続き楽しみだ。

バール ウギャッデ

〒107-0062
東京都港区南青山5-10-12 青山EDGE1階
TEL:03-6805-0244

1999年が音楽の目覚めの僕

1986年生まれな僕、記事を書くにあたって、何をネタにしようか。やはりまずは音楽だろう。

初めてハマって聞いた音楽は何かと考えると、中1のときの宇多田ヒカルの「First Love」(1999年)あたりだと思う。90年代ギリギリだ。
その当時、まわりのオシャレな女の子はみんな聞いていた。
(そして、ギャル系の子は浜崎あゆみだった。好きだった女の子は宇多田ヒカルを、、、)

それまで家で両親が聴いていたJ-Popや、バンドミュージックとは違う、低音が効いていて、音数は少ない音楽に、カッコイイ!と感動した。
今聞いてもやっぱりカッコイイ。Time Will Tellがすごく好きだった。

その次にハマったのはなんだろう?と考えると、birdで、これまた1999年。
当時TOYOTAの車のCMに使われていた「空の瞳」を聞いて、宇多田ヒカルとは違うスピード感のある音楽で、こりゃすごい。とドハマリした。
(当時のCMの動画がないか探したけれど見つからず。大沢伸一が出演しているライブVerで。)

今もたまに聴きかえす曲を見返すと、
宇多田ヒカル「First Love」、bird「bird」、DOUBLE「Crystal」、
Dragon Ash「Viva La Revolution」、RHYMESTER「リスペクト」、
Tei Towa「Last Century Modern」…
と、揃いも揃って、1999年リリースのアルバムばかりだ。

1999年、13歳のときに聴いた音楽にここまで取り憑かれているとは。。。

いや、むしろ、99年って何かしらの、日本の音楽のターニングポイントだったのでは?と思ったが、そうでもない気もするし、そうでもある気もする。

さて、ここでは80’s-90’sの話をしなければならないのだが、99年が目覚めだった僕は、このあと何を書いていくべきか。。。

音楽で飯を食う・・・

小室哲哉が引退表明をして数日が経った。小室ファミリー世代の私からするととても悲しい出来事であり、音楽業界からまた偉大な人が去ってしまった喪失感が大きい。

何十年間も期待に答えられるような音楽を創り、世に生み出す労力は相当なものだろうから、才能がない一般人の私には計り知れない努力と苦しみがあったであろう。

私の周りでも音楽を仕事にする者はいるが、生半可な努力では簡単に有名にはならないし曲も売れない。ごく一部のファンで構成され、その輪が徐々に大きくなってはいるが、やはりミリオンヒットミュージシャンになれるのは限られた存在だけなのだろう。

音楽で飯を食うのは容易なことではない

先日、島村楽器で見つけたグッズ。「ギター型スプーン」島村楽器のオリジナルブランドのレスポール型ギターがデザインされている。お洒落!!!プレゼント用にとギタースタンド付きまであるというこだわり。

 

これは買うしかないと即時GETした。が、実用性がほぼない模様・・・

使いにくい、食べにくいというSNSでのコメントを見かけた。こいつはインテリアとして生きていってもらおう。う〜ん、ギター1本で生活することは簡単ではないというサインなのかw

音楽で飯を食うってのは難しいことなのだ

オトナの音楽酒場 〜その2(前編)〜

〜音楽を職にする趣味にする人が集う場所〜(前編)

下北沢駅南口から徒歩4分。賑わう街の中心部から少し離れた場所にひっそり佇むcafe/field。バータイムは、国内外問わず多数取り揃えられたこだわりの地ビール、変わり種として「コーヒー泡盛」などが楽しめる。

もちろんフードも充実かつ美味しい!!特に常連が好んで食べているのが「field名物スパイシーバターチキンカリー」。深夜でもシメのカレーとして食べられている人気メニューだ。

手作りスピーカーが存在!?

名物は、手作りスピーカーから流れるこだわりの音楽。週末にはライブイベントを頻繁に開催している。バンドマンが集う下北沢らしい光景だ。アーティストやライブハウススタッフ、映像業界の人が集まり作られる空間にぜひ一度足を運んんで欲しい。

会えるアイドルKenKen!

下北沢だからこそ会えるアイドル(!?)KenKen。よく道端に転がっていたそうwいまは京都に引っ越したから確率低めですが、下北沢で一度は会ってみたい私のアイドルです。出没に関してはcafe/fieldメンバーに訪ねてみよう!!

後編はライブの光景をお届けしたいと思う。

下北沢 カフェ&バー cafe/field
世田谷区代沢5-33-3ボート代沢1A
TEL:03-3410-3488

facebookはこちら

ライブレポート 〜ロックに生かされし男たち〜

時は流れても変わらぬメロディーを届けに

1227日、東京渋谷のライブハウスLamamaに彼らは降り立った。

JUN SKY WALKER(S)、ホコ天での活躍やJ-ROCKブームの先駆けとなるなど、時代をリードしてきた4人組バンドだ。

『白いクリスマス』

会場には懐かしいメロディーが流れ、徐々にボルテージが上がっていく。

『すてきな夜空』

どれもあの頃と変わらないエネルギッシュなままの音だった。観客もここぞとばかりに歌い、飛び跳ねそんな笑顔あふれる時間と空間が繰り広げられた。

30年を振り返って

「ライブハウスは不良が集まる場所」、そう言われていた時代に新しい風を吹かせた彼ら。ホコ天で何もかも手作りで始めたライブで集まり始めたお客さん、デモテープを売ってファンを増やして、ライブハウスで演奏するまでの動員数を集め始めた。太陽の下で音楽を聞いていた人たちをライブハウスに誘導する。ライブハウスに縁のない人を巻き込んでいくバンドだった。

1997年、ベストアルバム『MY GENERATION』をリリースした年に一度解散の道を選ぶ。徐々にバンドと反りが合わなくなった宮田がバンドを辞めると言い出し、「バンドの顔である宮田がいなくなるならジュンスカじゃない」と森は解散を決心したのだ。

2007年、小林の提案で渋谷La.mama25周年のイベントに出演し、これが再スタートとなった。

2018521日にメジャーデビュー30周年を迎えるJUN SKY WALKER(S)。今年も全国各地のライブハウスを盛り上げていくことだろう・・・

80年代音楽との出会い・・・

出会いは謎のロックバンド

仙台で学生生活を送っていた私は、幼き頃から好きだった音楽とともに暮らしていた。毎日飽きるまでベースを弾くか、声が枯れるまで唄い続けるか、何かに取り憑かれたかのような生活だった。

流行りのロックも飽きたし、誰でも唄えるPOPSも聴き飽きた。そんな時に出会ったのが、仙台を中心に活動していた「Ai+BAND」!名前同じじゃんって、その時は勝手な親近感があった。

可愛い女の子が唄うキャッチーな曲が気になって仕方なかった私は、そのバンドのLIVEに通うことになった。その時初めて知ったのだが、楽器隊が豪華!誰しもが知る有名バンドでロックシーンを飾る人たちばかりだったのだ。

「Ai+BAND」の正体、、、、本田毅・ギター・PERSONZ、森純太・ギターJUN SKY WALKER(S)、川添智久・ベース・LINDBERG、川西幸一・ドラムスUNICORN

80年代、90年代発掘大作戦!!

2003年に6ヶ月連続で彼らが在籍していたバンドのリメイクシングルをリリースした。このバンド!!!なんだっけ??それが私と80年代との出会いだった。(ちょっと遅めw)

それからというもの、流行りの洋楽、邦楽はさておき、懐かしさを感じる往年のロックを漁る日々が続いた。プレイヤーに入る音楽もバンドを組んでも唄うのも彼らの音楽だった。あれ、ジュディマリどこいった?ってみんな思っただろう。

そんな学生時代も終わり大人になるにつれ離れていく音楽、なんとなく東京に出ようと思った時にどこに住もうかなんて考えた私は「武蔵境」を選んでいた。知る人ぞ知るJUN SKY WALKER(S)がデビュー前に練習を重ねていたスタジオがあった場所。『1986』の歌詞にも刻まれている。彼らがっこでスタートを切ったように、私の東京の始まりもここにしようと思った。(いま思えば)

以後、JUN SKY WALKER(S)はホコ天でHEROとなり、今年30周年を迎える。これからも彼らの飛躍を見ながら私はどんな人生を歩むのだろうか・・・楽しみだ。