Genesis / We Can’t Dance

ある日Facebookのタイムラインに、音楽の作り方が変わった、という記事がフィードされてきた。流れでアルバムにはストーリーがあって云々、という専門家だか批評家だかの記事を読み、そういや手元のライブラリの中で、そういうのを感じられるものがあるかなあと思い、ピックアップしてみたものがこれだ。

 

80’s後半のPOPSから洋楽に入ったこともあって、この1枚がはじめてのプログレッシブ・ロックとの対面だった。
きっかけはなんだっただろう。
このアルバムを手にした時は中学生だったんじゃないかと思う。BOOWY、尾崎豊が全盛で、洋楽を聴いてるような連中はまわりにいなかった。不良崩れの仲間たちの中、家庭環境が複雑なリーダー格だけが、いいねと言った記憶がある。

 

この頃使っていたCDデッキには「プログラム再生」という曲飛ばしの機能があって、当時カッコよく感じた数曲だけをリピート再生していたように思う。もちろんお気に入りのミックステープにも、genesisのエントリーは一曲だけだ。
それが1曲目の「No Son Of Mine」。

 


曲はメトロノームのようなイントロからはじまり、重みのある物寂しい展開を経て、エモーショナルなサビへと続いていく。歌詞もメロディと極めてリンクした世界観で進行する。
No Son Of Mine!
シャウティックでたまらなくカッコいい。
終盤で繰り返されるキーフレーズも、これ自体は当時の曲のスタイルと言ってしまっていいようなものに思うが、うたがストーリーとしてしっかりしているから、そのシャウトやリフレインに意味が乗っている。うるさいよ、もういいよ、とはならないものだ。

 

居場所のあやうい中二感に刺さったのかな。
当時はそういう感覚でこの曲を聞いていたんだと思うけど、40をこえて聞き直しても格好良さはまったく色あせない。すごした時間の中で見てきたもの、体験してきたものが曲にのって、より深い感慨がある。
酒が進む!

 

学生時代に読んだ本をオトナになってから読むと、若い頃に全然理解出来なかったことがわかるとか、新しい解釈ができるというが、楽曲にもそれはあてはまるなあ。

 

最後に。
No Son Of Mineだけでおなかいっぱいになってしまったけど、アルバム自体も完成度が高く、できればアルバムを通して聴いてみることがオススメだ。
収録曲のタイトルだけである程度イメージできるかもしれないけど、アルバムを通して人生の機微が感じられるような作りになっている。
ジェネシスの集大成だと言われるのも頷ける。
生まれてから何かで成功を体験し、泥にまみれる中で信じるものを疑い、もがき、しかし最後には清らかな気持ちで終焉を迎える。

 

何度も家族が崩壊する感じなのは、さすが離婚しまくりのフィル・コリンズということで(笑)

tetsu

たけてつです、サイト構築と、主に90年前後のオーディオ機器、洋楽ポップスのレビュー、PCネタあたりをあっためてます。昼間は広告制作会社の経営企画やりつつ、プロデューサー、プランナー、コンサルタントの境界線上で仕事してます。よろしくお願いします。